これまで、五回に渡って“ITを統べるためのヒント”と題して話題提供をしてきたが、今回は「SEが経営に貢献するとはどういうことか」をテーマにしてみたい。そして、同時にSEのミッションと経営のミッションがどのような相互関係にあり、CIO諸氏は、その中でどんなスタンスで職務に当たれば良いかを考えたい。
情報システムを巡るマルチレイヤー構造
まず図6-1を見ていただきたい。企業情報システム周辺の関連するいろんなレイヤー(層)の相互関係を図示したものである。そして、図中の左側には、それぞれのレイヤーのCIOや業務SE、基盤SEのおおよその担当範囲を示した。企業のビジネスと情報システムの間をビジネスプロセスや業務フローなどを介して有機的に連携させるのがCIOの守備範囲である。そして、基盤SEは、情報システムが動作するプラットフォームを構成する各レイヤーの技術を選択し、安定的な基盤を構築することが任務である。そして、業務SEはプラットフォームの上でユーザーから求められた情報システムを構築することが仕事となる。
経営のミッションとSEのミッション
近年、「SEも経営のことを考えて行動すべきだ」という意見が散見されるようになった。「ITを使った企業革新」や「インターネットを使ったニュービジネスの創出」などが叫ばれる時代背景があるのかもしれないが、SEは技術者であり、もちろん経営者ではない。経営者と同じ目線で経営を考える必要はない。では、何をすればよいのだろうか。この問い掛けに、筆者は若き日、自身が経験した一場面を今でも鮮明に思い出す。それは、筆者が銀行の第二次オンライン開発のメンバーになって間もなくのことだった。当時のシステム担当役員(現在のCIOに相当)と理系大卒者との懇親会があった時だ。その担当役員氏は「当行はA社のコンピュータを使っている。他のメーカーに比べて値段が安い。誠に有難いことだ。先方は、能力は他社と同等の力があると言っている。自分は技術に疎いので分らない。しかし、これをその通りにするのが、君達の仕事だ」と言ったのである。筆者は、まさにその担当であったので、この言葉の意味するところを考えざるを得なかった。通常、オンラインシステムの最大処理能力は、CPU稼働率で80%程度が上限と看做される。安全を見て、設計上のピーク時の負荷をCPU稼働率で70%程度と見込む。一般に、コンピュータの性能は値段に比例すると考えられる。そうなると、この仕事は、CPU稼働率が90%でも粛々と動くシステムが目標になるということに、筆者ははたと気付いた。その仕事の困難さに正直、逃げ出したい気持ちに駆られた。しかし、できることをすべて行うしかないと腹を決めて全力を尽くすことにした。それからは、データベースの管理方法をアクセスが分散するような方式にしたり、OSにまで修正要求を出し、余計なオーバーヘッドを排除するなど、思いつくことすべての対応を行った。それから数年後にシステムは完成し、ストレステスト行うことになった。ストレステストとは、現実には発生しないような過負荷の状態を人工的に作り出し、システムの極限での振る舞いを検証するテストである。本物のマスターファイルと本物のトランザクションデータを多数の磁気テープから入力し、過負荷状態を作り出した。我々のシステムはCPU稼働率90%を超えても、何らの問題を生じることなく粛々と動いた。さらにデータ投入量が増やされ、CPU稼働率が95%を超えた時、システムディスクが強烈なアクセス要求に耐えかねたのか、リードエラーを起こし、システムは停止した。筆者は、この時、自分たちに課せられたミッションを達成したと感じた。自分たちに与えられたハードウェアの極限の処理性能を引き出すことに成功したからだった。自慢話で恐縮であるが、筆者のこの体験が、SEの経営に貢献することを考える原体験なので、あえて披露させて頂いた。ご容赦いただきたい。
SEは経営課題を技術課題に変換し解決
この事例を少し分析してみたい。担当役員の立場は経営の立場で、他行よりも少しでも安いシステムを作り、事務経費率を下げたいという情報化投資の明確な目標を彼は表明したと言える。そして、これを受けたSEは、このことを実現するには、ハードウェア性能をぎりぎりまで使い切る、具体的にはCPU稼働率で90%でも粛々と動くオンラインを作るという技術課題に読み換えを行った。そして、それを実現するために、データベースの編成方法やOSの制御方法などのより技術的に詳細なテーマにブレークダウンし、これを解いた。つまり、SEの仕事は、経営課題を技術的な課題に読み換えを行い、変換された技術問題を解くのである。SEは一見、経営とは無関係の技術問題に没頭しているように見えるかもしれないが、それは、きちんと経営課題である低コスト事務処理体制の確立という企業の目標とリンクしていたのである。そして、こんな経営との関係性がきちんと確立している時に、技術的なイノベーションが起こるのである。Googleを見てみよう。全世界のホームページを全部廻ってダウンロードし、それから作った索引を役立つ順番に並べ替えて、案内情報を作ろうという途方もない経営課題の設定がなされ、そして、SEはそれを技術問題に読み替えて、MapReduceやBigTableなどのスケールアウト技術を生み出したのである。今、FacebookやTwitterなどが行っているリアルタイムで膨大なデータを扱う試みは、次のイノベーションを生み出しつつある。このように、SEは経営課題を技術課題に変換し、これを解くのが仕事なのだと筆者は確信している。そして、そう遠くない近未来に、日本企業の基幹系システムもユビキタス化の潮流に晒され、技術的イノベーションが求められると筆者は予想している。
CIOは経営と技術の接点を制御
このような経営とSEとのミッションの接点に位置し、相互の関係性を司る役割がCIOに他ならない。経営と技術の関係は、他の製造業でも同様のものであると思われる。現在の自動車産業を例にとろう。まず経営課題であるが、昨今のエネルギー事情を考慮すると「低燃費車を開発すること」だろう。一方、技術部門はそれを受けて、低燃費車の開発を技術課題へと変換する。例えば、あるメーカーでは、都市部では赤信号による停車時のアイドリングを止めると燃費は向上すると考える。別のメーカーは、車体の剛性を落とすことなく、車体の軽量化をテーマとする。さらには、ガソリンエンジンの燃焼効率を向上させ、現在よりもエネルギーの使用効率を向上させることをテーマとする等々の技術問題への変換が行われる。そして、その企業の取るべき選択肢を企業として決断するということになる。この時に、経営と技術の接点で企業の選択をコントロールすることが、技術を扱う企業の最も重要な部分である。では、情報システムの分野において、経営とITの接点に位置するCIOはどう行動したら良いのであろうか。以下の諸点が重要と筆者は考える。
<経営とITの接点でCIOが果たすべき役割>
(1)経営課題の提示:SEなどの技術部門に対して、当該システムに経営が期待する実現目的、経営上の効果、狙いなどを明示すること。
(2)技術部隊へ期待することの明示:上記(1)を踏まえて、技術部門に実現してほしい目標を明示すること。
(3)技術課題と経営課題の関係性の管理:一方、SEなどの技術部門は、(1)、(2)の提示を受けて、その実現のためには、どんな技術的課題を解かねばならないかという問題の変換を行う。そのような技術的なテーマと、経営課題がどのように関係しているかを理解し、その進展や成果を管理する。
このようなCIOの経営と技術の接点での活動が機能している限り、SEの技術的問題への没頭も、その意味が正しく理解されていることになる。
技術のマクロ的理解が鍵
しかし、CIO諸氏の中には、ソフトウェア技術は門外漢という方もいらっしゃるだろうと推察する。では、そのようなキャリアのCIO氏は、どのように技術問題に対処したら良いのだろうか。結論は「技術のマクロ的理解」を深めることである。技術のマクロ的な理解とは、技術の内部に立ち入ることなく、外形的な理解を行うことである。つまり、その技術に関して、内部の詳細は触れずに、結果的に起こることに着目することである。例えば、この技術は「システムを止めないで、その日発生したデータの売れ筋の分析ができるようにするもの」と理解することである。そうすれば、少なくとも利用者側からの有用性は理解できる。そして、企業情報システムに関して、経営と技術の接点に位置する立場の技術理解としては、これで充分なのである。
CIOの武器はITロードマップと制御変数の発見
ここまで、六回に分けて、「ITを統べるためのヒント」と題して筆者の意見を述べてきた。筆者が現在考えていることは、CIOに限らず、ソフトハウスなどの経営者も同様だが、ITという技術を自社の経営に生かすための役割を担っている訳だが、そのための経営学的な知見があまりにも少ないように見える。技術一般に関して言うと、技術経営(MOT:Management Of Technology)という経営学の一分野が存在する。そのMOTのITに関する専門の分野が出来てしかるべきと、筆者はこの数年ほど考えてきた。例えば、MOIT(Management Of Information Technology)とでも言うべき管理技術が整備されるべきだと筆者は考えている。今回の一連の論考が、その助けになるとすれば、こんな喜ばしいことはない。筆者の残り少ないキャリアの中で、この方面で微力ではあるが、少しでもお役立ちできれば、これに過ぎる幸せはない。







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